公益財団法人 日本陸上競技連盟(以下、陸連)が5月30日、「不適切な鉄剤注射の防止に関するガイドライン」を策定・公表しました。
昨年末の高校駅伝の時期に、新聞等で一部の強豪校が本来の「治療」目的ではなく、「持久力が高まる等の競技力の向上」のために鉄剤の注射を行っていたという問題が報道されたことで、お恥ずかしながら初めてこの問題を知りました。
調べてみたところ、2015年に鉄分過剰で肝機能障害などが起きたという事例が報告され、翌2016年には陸連が鉄剤注射に対して警告を発しているということが分かりました。その際に発表された 「アスリートの貧血対処7か条」 が下記になります。
1.⾷事で適切に鉄分を摂取
日本陸連:アスリートの貧⾎対処7か条
2.鉄分のとりすぎに注意
3.定期的な⾎液検査で状態を確認
4.疲れやすい、動けないなどの症状は医師に相談
5.貧⾎の治療は医師と共に
6.治療とともに原因を検索
7.安易な鉄剤注射は体調悪化の元
ごくごく、当たり前のことが書かれているのですが、これを公式に発表しなければいけないような状態だったのだなということに、驚きます。そして陸連がこれを発表した後も、引き続き鉄剤注射が横行しているという事実にも。
実際私の周りにもスポーツ貧血のお子さんというのはとても多く、保護者の皆さん方は食事に気を使われたりと大変な思いをされているのを見聞きしておりますので、貧血の治療目的ならば問題ないのでは?と考えましたが、調べたところ「鉄剤注射」が必要なレベルの貧血というのはほとんどないということでした。
具体的には「消化管の疾患があって吸収が極端に悪い場合」「消化器系の副作用で経口薬が使用できない場合」「多量の出血によって鉄分の喪失が顕著な場合」でしか、鉄剤注射の必要はないとのことで、おそらくこういったケースはごくごく稀ではないかと思います。
なので、多くの強豪高校が鉄剤注射を行う理由として挙げた「貧血の治療に対して施行した」という理由は非常に疑わしく、「不適切な鉄剤注射」に当たる可能性が高いのではないでしょうか。
だからこその今回の【不適切な鉄剤注射の防止に関するガイドライン】策定だとは思いますが、今まで守られていないという現状は、実際にこの「鉄剤注射」を行うことによって、タイムが伸びた等の実績があることが原因であることは明白で、その実績を盾にまかり通ってきた行為なのでしょう。
「でも打った選手はタイムが伸びて、打たない選手は伸びないって、それはドーピングとどこが違うの?」と素人考えで思ったのですが、やはりドーピング違反に問われる可能性があるという意見も見受けられました。
最初に鉄剤注射の問題を知った時に思ったのはそういった「ドーピングにも等しい行為だから禁止しているのだろう」という安易な考えでしたが、陸連が鉄剤注射を禁止しているのは、それだけではなく、鉄剤注射が「アスリート本人の競技者生命に関わる行為」だから、ということを知りました。
経口摂取の場合と違い、鉄分が直接体内に入るため、すべてを吸収してしまう
1.過剰な鉄は、肝臓、心臓、すい臓などの臓器に沈着してしまい、臓器障害を引き起こす可能性がある。
2.過剰に与えられたことによって、ヘモグロビンを作る能力自体が低下してしまい、鉄吸収障害を招く可能性がある。
3.血液中のリンが減少し、骨が弱くなるため、疲労骨折しやすくなる。
本当にドーピングですよね。一時的に競技力が向上したとしても、その後の身体はボロボロになってしまう……。更に驚くのは、こういった副作用の危険性を知りながら選手に打たせていた指導者が多くいた、という事実です。
もちろん、それに加担している医療機関にも問題があると思いますので、医療機関側も必要性を判断した上での適正な使用を行う、ということを徹底する必要があるのではないでしょうか?(現状は各機関からの適正使用の「依頼」であり、特に罰則等はないようです)
更に、今回のガイドライン策定と同時に発表されたのが下記の新ルールになります。
1.2019年度の全国高等学校駅伝競走大会から、男女出場全チームに選手の身体計測データ及び血液検査の結果報告を求める
日本陸連
2.鉄剤注射を実施している場合、その理由等が書かれた申告書の提出を求める
3.虚偽申告や不申告、血液検査の結果で異常値が認められるチームがあれば、ヒアリングを実施する
4.ヒアリングによる現状確認によって問題があると判断された場合、健康上、安全上の理由でチームの出場停止、順位の剥奪等を言い渡す可能性がある
今回陸連が発表したこの不適切な鉄剤注射の根絶のため新ルールが正しく運用されることを、強く願います。